ARCHIVE 2009 April
What is what?
April 19, 2009
同じ様にやっていても面白くない。
なんでこんな簡単な事に気付かなかったんだろうか。
先日働き出して初めてスタジオを使って作撮りをした。
メイク、モデル、僕。
もう出発から僕の意識とは違う方向に向かっていた。
後になってから気付いた。
まず打ち合わせをメールでしかしなかったこと。
そしてモデル本人を撮影当日まで観てなかった事。
全てが誤算だった。
しっかりしたイメージの共有が出来ていない状態で
撮影に挑むのがどれほど不安で大変なことか良くわかった。
そして出来上がるものも全然面白くない。
そのなかでも今出来るベストを尽くすのが当たり前。
でももう二度とこんな経験はしたくない。
もっともっと自分から働きかけていかないとね。
昨日は半年ぶりにHOSOMEが東京へやってきた。
この日の為に機材をレンタルして時間も調節した。
HOSOMEが東京でライブをする。
それを写真にする事がどれだけ僕の中で大事なことなのか。
半年ぶりに参戦してよくわかった。
ぼくがやりたい事はこういう事だった。
毎日を本来自分の求めているものと違うものの中で過ごしていると
麻痺していく。そこから引きずり出してくれるのがHOSOMEのライブだ。
そして彼らのライブの写真を撮る事で自分が浄化されていくのがよくわかる。
自分が撮りたいと思って撮っているし、どうすればイメージ通りに映像化できるか、
撮影中も試行錯誤しながら、予想出来ない展開に挑んで行く。
これはその作撮りでモデルを撮っていた時も思った事だけど、
完成されているものを撮るよりも予想出来ないものを撮る方が
何倍も楽しい。街に出てスナップポートレートしたり、
全くの素人の方に被写体になってもらったり。
こういう事こそが写真をやっていて意味がある。
と思った。
結論を言えば
どれだけ自分が楽しめる状態にいるか
これが作品を創って行く中でとてつもなく重要なファクターになっている。
こんな当たり前の事を思い出すのにこんなにも時間がかかるなんて。
そしてHOSOMEと言うバンドがどれだけ僕の中で重要なのか。
世界No,1と呼び声高いエージェンシー「art+commerce」
フォトグラファー、ヘアメイク、スタイリストなどなど
数々のビッグネームが所属する。
大抵がファッションなんだけれどもそのなかでちょっと異色のフォトグラファーを
みつけた。
「Katherain Wolkoff」
この人は殆どライティングをしていないし
自然光の拾い方が半端じゃなくセンスいい!
かなり気に入った。
こう言う人も居るart+commerceはさすがだな〜と思ったね。
素晴らしい。
Knockin' On Heaven's Door
April 4, 2009
昨夜は不思議な夢を観た。
実家で飼っている犬とものすごく楽しく戯れている夢だ。
彼女はもう目も見えなく、足の筋力も衰えて歩く事も困難な状態だ。
なのにどうだ。実家に帰った僕をありったけの喜びを表すように
しっぽを振って寄ってきてくれた。
僕もそれに答えるように抱きついた。
でもよく見ると目が真っ白で、あばらは浮き出てて、やせ細っていた。
それでも全身で喜びを表現してくれる彼女。
ものすごく喜びに満ちた瞬間を夢の中で僕は得た。
今朝の事だ。
母親から一通のメールが携帯に届いた。
彼女の死を知らせるものだった。
去年の春過ぎ頃からだんだんと体調の悪化を知らされていた。
従兄弟の葬式の為に初夏に大阪に帰った時にはもうすでに
頭をかしげた状態でフラフラとしていた。
正月に帰った時にはもう耳も殆ど聞こえないし、目も悪くなっていた。
それでも僕が帰ると出迎えてくれた。
彼女が僕の家に来たのは16年前だ。
16年の間にどれだけの事をしてあげれただろうか。
それでも僕を嬉しそうに出迎えてくれていた。
僕が自分のカメラを手にしたのは19歳の時。
それから6年間、彼女は僕の被写体となった。
世話も親任せにしていたせいか、
カメラを向けてもめんどくさそうにしていたんだ。
それでも僕は撮り続けた。
僕が東京へ出たのは彼女が14歳の時。
すでに死が近づいている事は察していた。
東京へ出る際には彼女の死に目には立ち会えない事は覚悟していた。
だから、実家へ帰る機会があれば、フィルムのほとんどを
彼女へ費やした。それがせめてもの僕の償いなのだろう。
少ない時間を夢中になって撮り続けた。
例えば身内が亡くなったとき。
僕はそれほど感傷的になる事がなかった。
じいちゃんが死んだ時も、従兄弟が死んだ時も。
でも彼女が死んだときは違った。
何かとてつもなく大きな何かが僕の中から消えていった。
小4の春に友達の家から帰るととても小さな彼女が玄関で眠っていた。
兄貴が拾ってきたのだ。
名前も既に「さくら」とつけられていた。
桜の季節に家族の一員となったし、鼻の周りが桜色だったからだ。
あれから16年。
年を追うごとに鼻の周りの桜色も白く薄れてきて
成長を感じさせられた。
16年だ。これほどまでに長い時間を一緒に過ごしてきた命だ。
それが一瞬で僕の手の中から逃げて行った。
生きている間に当たり前となっていた命が
ほんの一瞬のことでこれほどまでに尊いものに変化してしまった。
家族の一人が亡くなった。
これは断固として誇張した表現ではない。
24時間365日。
これほどまでに長く一緒に生きてきた命だ。
この悲しみも時が経てば長い人生の中で起こった
1つの出来事にしかならないんだろうか。
いや、違う。
僕は彼女の事を忘れたくはない。
死に目に会えなくとも
最後の最後に夢にまで出てきてくれた。
僕の写真のなかでは生きているんだ。
これは僕に与えられた使命なんだ。
こうやって彼女の死を思いのままに文章にしたって
僕の中では消化されることはない。
僕は写真家だ。
今まで撮った写真をまとめて初めて
彼女への弔いが出来ると思っている。
桜の季節にやってきて、桜の季節に去っていいく。
なんて幸せな生き方だったのだろうか。
死をもって命を感じる。
ありがとう。
そして
さようなら。







